鹿児島銘菓「春駒」 |
春駒の名前の由来
かるかん元祖明石屋のホームページによると今を去る225年余、宝暦13年島津重豪の代に、高橋八郎種美は(高橋家八代目の嫡子)門地資産の豊かな武家であったが中道で落はくし士分を失って了ったがそう明な種美は常に家運の挽回に心を痛め遂に商法を志し餅菓子の独創に成功し意外に好評を得た、当時重豪公の盛んな頃で公が歌舞伎をへいして西田町の西田座に上演せしめたが種美はこの機を掴みこの菓子を売り出し大に人気を呼んで忽にして家運を振作した、それから、市中に之れを做って売出す者が多くなり今日に至ったのである。その形態が馬の一物に似て居るというので「うまんまら」と称せられて明治末期頃までもその名前は伝はっていたがそれよりずっと以前久光公が、指宿二月田温泉に清適の折り偶々この茶菓を供したところが「そんな呼名は女供の前などでは悪いから春駒と呼べよ」との命名が成り立ったというのである。色といひ形といひ実に過度期の薩摩青少年の気風に投合した素純さがあると肯けるものがある。 |
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その他の説 |
明治天皇が鹿児島を行幸されたとき、この菓子の名をお尋ねになり居合わせた島津久光公も大山網良知事も口にできず、機転で春駒と答えたそうです。
なぜなら、地元では「ウマンマラ」と呼ばれていたのですが、
マラとは男性のアレ(^^!)
つまり、「馬の●●」のことなのです。
似た説で、16代藩主島津重豪から名を問われ、答えに窮した家臣がとっさに「春駒」と答えたという話もあります。 |
販売 |
| ■かるかん元祖「明石屋」
http://www.akashiya.co.jp/
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特産品 |
■鹿児島県特産品協会
http://www.kagoshima-tokusanhin.or.jp/
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| |お菓子|伝統|特産品| |
※「かるかん元祖明石屋」様より許可を得て転載しています。[禁無断転載]
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